渥美清 晩年や嫁息子の現在!生い立ちや性格,カトリックで高学歴は?

『男はつらいよ』シリーズの寅さん逝去から23年。
愛される渥美清さんの魅力とは?

寅次郎
わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。

というセリフでお馴染みの『男はつらいよ』車寅次郎役を演じた
渥美清さん。
肝臓がんで闘病していた晩年はこれまであまり語られてきませんでした。
(死因:転移性肺癌)

渥美清さんには結婚した嫁や子供はいたの?
生い立ちやカトリックの噂、性格や学歴について調査してみました。


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渥美清 生い立ちや高学歴真相

渥美清経歴

渥美清経歴
名前:田所康雄(たどころ やすお)
別名義:風天(俳号)
生年月日:1928年3月10日
没年月日:1996年8月4日
享年:68歳
出身地:東京府東京市下谷区(現:東京都台東区)
身長:169 cm
血液型:B型
職業:俳優、コメディアン
活動期間:1951年 – 1996年
結婚歴:あり
著名な家族:
(父)田所友次郎
(母)田所タツ
(兄)田所健一郎
(長男)田所健太郎

引用:Wikipedia

生い立ち

渥美清さんは、「男はつらいよ」で下町生まれの
フーテンの寅さんを演じましたが、ご自身の出身も都内の下町
(現・東京都台東区上野七丁目)に生まれました。

浅草寺や隅田川花火大会で有名ですよね。

父親は新聞記者、母親は元小学校教諭という家庭に生まれ
兄弟は兄が一人います。

渥美清というのは芸名で、本名は田所康雄(たどころ やすお)さんといいます。

渥美清の印象が強いため、違和感があります。

田所といえば、DIAMOND☆YUKAI(ダイアモンドユカイ)さんも
田所豊が本名です。こちらも意外な本名です。

学歴

渥美清学歴
1934年11月 板橋尋常小学校
1936年 志村第一尋常小学校(転居のため転校)
1940年 板橋城山高等小学校
1942年 巣鴨中学校

戦前、戦時中ということで、日本は混乱期にありました。
小学校代の渥美清さんは栄養のある十分な食事がとれなかった子供を意味する
欠食児童でした。

そのためか、病弱で小児腎臓炎、小児関節炎などの
病気に苦しんだそうです。

この病気のせいで小学校は欠席が続き、
少年時代の渥美清さんは自宅でラジオを聞いて
一日を過ごしていました。

大好きで聞いていた落語を病気明けに小学校で披露すると
クラスメイトからは大好評でした。

膀胱カタル等の様々な病を患っていた。そのため学校は欠席がちで、3年次と4年次では長期病欠であった。欠席中は、日がな一日ラジオに耳を傾け徳川夢声や落語を聴いて過ごし、覚えた落語を学校で披露すると大変な評判だったという。

東京大空襲で自宅が焼けるなど苦難を乗り越えながら
中学校を卒業した渥美清さんは工員として働き始めます。

また担ぎ屋やテキ屋としても働いていたことがあり、
この経験がそのまま『寅さん』を彷彿としますね。

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芸能界入りと男はつらいよ主演抜擢まで

大学中退で役者志望?

中学卒業後、工員など様々な職種を経験したあと、
渥美清さんは大学に進学します。

大学名は、中央大学商学部。

戦後の混乱期とはいえ、寅さんは高学歴で勉強熱心だったのですね。

しかし大学入学後、船乗りを目指して大学を中退。
当然母親は大反対します。

行き場を失った渥美清さんは、当時新派の軽演劇の幕引きの仕事をしたり
端役で役者をしていました。

そんな縁を頼って、旅回りの演劇一座に入団。
この演劇一座が喜劇役者、渥美清の始まりでした。

この時点での芸名の由来は、愛知県にある渥美半島から由来するそうです。

その後もスト〇ップ劇場⇒フランス座の専属コメディアンになるなど
喜劇役者としてのキャリアを積む中、
26歳の時に肺結核を発症。

この病気により右肺を切除する手術を受け
2年間の療養生活を送ります。

病弱だった幼少期と同じようにこの頃、
渥美清さんは度重なる病気に苦しみます。

2年間の休業期間を経た後、以前のように
激しい喜劇演技が出来ず、
また直後に胃腸の悪くし1年の療養生活に入ります。

この病気の前は、酒や煙草も愛飲していましたが
健康第一と気持ちを切り替え、コーヒーさえも
飲まない健康志向に変ったようです。

28歳でテレビデビュー。
30歳で映画デビュー。

そして40歳の時に『男はつらいよ』に出会い、
フジテレビのてドラマ放送が始まります。

約半年の放送で、テレビドラマ『男はつらいよ』は
最終回を迎えますが、最終回の結末は
寅さんがハブに噛まれて亡くなるといったものでした。

テレビドラマシリーズから根強い寅さんファンからは
この結末に抗議が上がり、制作サイドはファン視聴者にお詫びの意味を込めて
翌年に映画を製作。

これが、映画版『男はつらいよ』のスタートでした。
(1969年 渥美清さん当時41歳)

以後、渥美清さんは27年間48作に渡って
主演の車寅次郎(フーテンの寅)役を演じ続けます。

実はこの27年間48作という大記録はギネス認定もされていたのです。

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渥美清 晩年や嫁息子の現在!性格,カトリック教徒?

隠し続けた渥美清の私生活

渥美清さんの死から23年経っても『男はつらいよ』の作品や
演じた寅さんが色あせないのは、渥美清さんがプライベートまで
車寅次郎を演じ続けたためといわれています。

人気役者になって金銭的にも裕福であったはずの渥美清さんは
私生活では車も所持していなかったようです。

他にも外出先での食事も贅沢をするわけではなく、
立ち食いソバなどで簡単に済ませるなど、質素そのもの。

それは、街を歩いていたときに、ファンの男性から
「よお、寅」と声をかけられたからだといいます。

寅さんが人気作品になっていく中で、
それを演じる渥美清さんは私生活も寅さんを貫いていたようです。

『男はつらいよ』で長年タッグを組んでいた
山田洋次監督でさえ、渥美清さんの自宅住所や連絡先を
知らなかったといいます。

結婚した嫁子供について

私生活まで寅さんになっていた渥美清さんですが
私生活では、寅さんと違って結婚し子供も2人いたようです。

プライベートを一切明かさなかったため、
渥美清さんのファンでさえ、独身だと思っていた方は多いようです。

渥美清さんが結婚したのは1969年の3月です。
映画版『男がつらいよ』が始まった年で
渥美清さんは当時41歳でした。

結婚相手は18歳年下で当時23歳の竹中正子さん。

既に人気役者でしたが、ここでもプライベートなことは明かさず
家族だけで結婚式を出雲大社で挙げています。

結婚披露宴は、ホテルニューオータニで行ったようですから
関係者への報告はあったようですね。

「男はつらいよ」作品内では恋はすれど、成就しない寅さんでしたが
20歳近く年齢の離れた女性を射止めるなんて、
渥美清さんはモテたんですね。

子供は二人。息子さんと娘さんです。

息子の名前は田所健一郎さん。
フリーのラジオディレクターをされているようです。

娘の名前は田所幸恵さん。
娘さんに関しては情報がなく一般人の可能性があります。

晩年

渥美清さんの死因は転移性肺癌。
入院していた順天堂大学付属医院で亡くなったようです。
享年68歳。

ご存命であれば91歳。
おじいちゃんになった寅さんも見てみたかったですよね。

遺作となったのは47作目の『男はつらいよ』ですが、
毎年正月に上映されていた『男はつらいよ』は
最後の5年間は、渥美清さんの体調が良くなく、
病状を考えながらの撮影だったようです。

坂を上るシーンがつらそうだったり、
立っていることも辛く、
トレードマークのトランクに腰をかけるシーンも増えたといいます。

異変を感じたのは63歳の時。
この時に発見されたのは肝臓がんでした。

その3年後には肺にも転移していたようです。

晩年は、肺がんと肝臓がんの闘病をし、
病状は深刻になっていきます。

現在は早期発見で、がんの生存率も上がっていますが
当時は、医療技術も現在ほど進んでおらず
今現在であれば、渥美清さんはがん克服できていたのでは?
という声もありました。

渥美清さんのがんのステージは公表されていませんが
初期であれば現在も生存していた可能性は考えられますね。

性格

渥美清さんはプライベートも寅さんを演じていたように
『男はつらいよ』の世界観をとても大事にしていたと思われます。

『男はつらいよ』撮影時に、ファンが集まってくるので
本来は笑顔や手を振ったりして声援に応えたいところを
晩年は笑顔を作ることさえ辛かったといいます。

そのことを山田洋次監督に直訴し、ファンやスタッフへの挨拶を
省略してもらったというエピソードがあります。
これが亡くなる4年前のことです。

病状の深刻さは多くの人には伝えられておらず
そんな中撮影は続けられていたのですから
渥美清さんの役者魂は凄いですね。

家族には、弱っていく様子を隠したい気持ちを吐露。

渥美清さん
俺のやせ細った死に顔を他人に見せたくない。骨にしてから世間に知らせてほしい

と生前語っていたため、遺言通り、家族のみの密葬。

何も知らされていない映画製作スタッフは
渥美清さんの死の2日後、新作の打ち合わせに訪問。

そこで妻から亡くなったことを告げられるのです。

渥美清さんの訃報が明らかになったのは
死の3日後、映画会社松竹から発表されました。

カトリック信仰

渥美清さんはクリスチャンだったと言われています。

洗礼を受けたのは亡くなる直前の病床でした。

影響を与えたのは熱心なカトリック信者だった
18歳年下の妻だったようです。

5日放送の『シンソウ坂上』では渥美清さんについて
妹役を演じた倍賞千恵子さんらが語るようです。

私たちが知らない渥美清さんの秘話が明かされるのか楽しみです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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