娘、栗原心愛(みあ)さんへの卑劣暴行は夫婦共犯なのか?
千葉県野田市で亡くなった、栗原心愛さん(当時10歳)。
2人の娘の親である、栗原勇一郎被告と栗原なぎさ被告は
いまどんな心境なのでしょうか。
5月16日の初公判で、栗原なぎさ被告は何を語るのか。
栗原勇一郎容疑者の暴行容疑に妻はどれほど加担したのか
嫁への暴行容疑もあるなか、何が語られるのか。
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栗原なぎさの実家は沖縄糸満市?
今年2月に明らかになった、千葉県野田市に住む
10歳の女の子、栗原心愛(くりはら みあ)さんの暴行死。
容疑者として逮捕された父親、栗原勇一郎被告に
睡眠を妨害されたり、立たせたままの状態を強いられたり
また冷たいシャワーを浴びせられたりという内容だけでなく
体中にアザが確認出来るほどの、日常的な暴行が明らかになりました。
それに加えて、最新の情報では、医師の所見で
〇暴行容疑まで疑われるというニュースに、
胸が痛むばかりです。
事件が明らかになったときに、実の父親が実子(娘)に
こんな酷いことをするのか?
と話題になりましたが、被害者の栗原心愛さんは、
栗原勇一郎被告と栗原なぎさ被告の実子と明らかになっています。
夫婦は、10歳の年齢差があり、結婚と離婚を繰り返した
謎の多い夫婦です。
改めて、母親、栗原なぎさ被告の経歴を確認してみましょう。
年齢:31歳
現住所:千葉県野田市山崎
出身地:沖縄県糸満市
職業:不明
家族:夫(栗原勇一郎・41)、長女(栗原心愛さん)、次女(1)
※年齢は全て当時のもの
栗原なぎさ被告の実家がどこかと話題になっていますが、
実家は沖縄県糸満市のようです。
栗原心愛さん一家は、2年前まで
沖縄県糸満市に住んでいました。
どうやら母親の栗原なぎさ容疑者の
実家が沖縄県糸満市にあるようです。
夫婦がどこでどのように知り合い結婚したのかは
不明ですが、結婚時は沖縄県糸満市には
住んでいなかったという情報があります。
一部情報によれば、10年前、
栗原心愛(みあ)さんを出産する際に、
栗原なぎさ容疑者は里帰り出産を希望し
実家のある沖縄県糸満市に帰省し
長女の心愛さんを出産しているようです。
その後栗原なぎさ容疑者と
栗原勇一郎容疑者は離婚をし(時期不明)
2017年8月に復縁し、
千葉県野田市に転居し家族3人での生活がリスタートしています。
当時はまだ心愛さんの妹は生まれていません。
現在1歳の次女は、2018年頃、
沖縄県糸満市から一家が千葉県に転居してから
生まれたと考えられます。
『栗原』という苗字は、おそらく父親
栗原勇一郎容疑者の苗字だと思われます。
沖縄出身だと思われるような苗字でないため、
母親栗原なぎさ容疑者の旧姓が
気になるところですが、
栗原なぎさ容疑者の旧姓は分かっていません。
沖縄県糸満市で多い苗字を調べてみたところ、
2大城 約890
3上原 約840
4玉城 約660
5新垣 約300
6山城 約230
7伊敷 約170
8宮城 約130
9照屋 約130
10神谷 約100
(右の数値は推定人口)
引用:なまえさあち
糸満市に多い苗字は探すことができました。
この中にあるかどうかは不明ですが
参考にはなるかもしれませんね。
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初公判で暴行の実態明らかに?
事件発覚当初は、
・父親栗原勇一郎被告の卑劣な暴行の内容
・沖縄県・千葉県の児童相談所(児相)の連携の悪さ
・児相の責任の追及
一つ一つ、事実が明らかになるにつれて
どうして大人は心愛さんのSOSに気付いてあげなかったのか
また、気付いていてもどうして救い上げることが出来なかったのか
と世間の批判は、栗原勇一郎容疑者と児相に集中しました。
そんな中、唯一の味方とも思える、母親栗原なぎさ容疑者が
逮捕されました。
心愛さんへの直接的な暴行に関しては明らかになっていませんが、
救い出せるはずの大人であったのに、心愛さんを助けることが出来なかった
これは共犯同様である、とネットの声は高まりました。
母親にも頼れない栗原心愛さんの心は
どのようなものだったのかと考えると
怒りで震えてきます。
初公判では、一体どのようなことが語られるのでしょうか。
栗原心愛さんのご冥福と、残された小さな妹の健やかな成長を
心から願います。
最後までお読みいただき有難うございます。
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