赤木春恵と泉ピン子葬儀欠席理由は不仲?通夜に相棒の渡鬼メンバー勢揃いしたのに

『渡る世間は鬼ばかり』嫁姑は実際も不仲だった?

生涯現役で女優を貫いた名女優の赤木春恵さんが亡くなりました。
死因は心不全。享年94歳。
ママと慕われ、多くの共演者が死を悲しむ中、
『渡る世間は鬼ばかり』で共演し、
嫁姑を演じてきた嫁役の泉ピン子さんが
赤木春恵さんの通夜葬儀告別式に参列しなかったと
話題になっています。

不仲説は本当だったの?


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赤木春恵,泉ピン子葬儀欠席理由は不仲?

数々のドラマでお母さん役を演じた
名優、女優の赤木春恵さんが亡くなりました。

赤木春恵さんの経歴を確認してみましょう。

赤木春恵さん経歴
名前: 赤木春恵(あかぎはるえ)
本名: 小田章子(おだ あやこ)
別名義:赤木 春生(旧芸名)
生年月日:1924年3月14日
没年月日:2018年11月29日
享年:94歳没
出生地:中華民国(北京政府)、吉林省長春県
死没地:東京都府中市
血液型:B型
職業:女優
活動期間:1940年 – 2018年
配偶者:栄井賢(1947 ‐ 1991年)
著名な家族:野杁俊希(孫)
公式サイト:株式会社オフィスのいり

引用:Wikipedia

赤木春恵さんは、女学校卒業後の1940年に
松竹にニューフェイスとして入社ています。
(当時16歳)。

芸能界入りを決断したのは
松竹で助監督をしていた兄の影響が大きいようですね。

ちなみに赤木春恵さんの父親は医師でしたが
赤木春恵さんが3歳の時に亡くなっています。

人気ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』に初回から出演していた
赤木春江さんですが、
同ドラマがスタートしたのは1990年でした。

『渡る世間は鬼ばかり』は下町にある中華料理屋
『幸楽(こうらく)』を舞台にしたホームドラマ。

長きに渡り放送されましたが、
視聴者の一番の関心どころは、
姑の小島キミ(赤木春恵さん)と
嫁の小島五月(さつき・泉ピン子さん)の
嫁姑問題。

姑役の赤木春恵さんが泉ピン子さん演じる嫁を
いびる様子が、姑側からも嫁側からも
共感できると反響を呼びました。

1990年から2011年までの足掛け
21年もの長きに渡り断続的に放送された人気ドラマですから
森光子さんや
五月(泉ピン子さん)の初代父親役を演じた藤岡琢也さん
や母親役を演じた山岡久乃さんら名優たちが
『渡鬼』シリーズ中に亡くなっていますが、
この主人公2人がいなければ、
こんなに長く放送されることははなったですね。

そんな義理の母親と義理の娘役を演じた2人ですが
赤木春恵さんの葬儀に泉ピン子さんが参列しなかったというのです。

ドラマ同様に確執があったのでは?と噂されましたが
理由は意外なものでした。

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通夜に相棒の渡鬼メンバー勢揃いしたのに

赤木春恵さんが亡くなったのは、
2018年11月29日でしたが、
その頃、泉ピン子さんはハワイにいたという
情報がありました。

ハワイ滞在が旅行なのか、仕事なのかは不明ですが
泉ピン子さんも人気女優ですから
すぐに帰国できない事情はあったと推察されます。

通夜には700人が参列し、
また葬儀は告別式は
東京・杉並区の築地本願寺和田堀廟所で営まれ、
500人が参列し
『渡る世間は鬼ばかり』で
プロデューサーだった石井ふく子さんが葬儀委員長を
務めました。

赤木春恵さんは結婚しており、娘と孫にも恵まれていますが
夫(旦那)は、『渡鬼』が放送をスタートした翌年の
1991年に肺がんで亡くなっています。

旦那の栄井賢(本名;小田 賢五郎)さんは
東映のプロデューサーでした。

長年の相棒となった渡鬼メンバーの追悼コメントを紹介します。


引用:デイリー

プロデューサーの石井ふく子さん(92)
私がTBSに入って以来、60年のおつきあいになります。当時赤木さんは映画のお仕事が多く、森光子さんの紹介で日曜劇場に出演していただいたのが最初です。『渡る世間は鬼ばかり』では1990年10月のスタートから2013年6月放送の単発シリーズまで計500回以上出演していただきました。最初のころは泉ピン子さんや角野卓造さんがまだ若く、赤木さんはまさに『幸楽の支え』でした。私は赤木さんのことを『赤木ママ』と呼び、公私にわたり親しくさせていただきましたが、自分の母親のことも『ママ』なんて言ったことはありません。『ママお願い』って何でも引き受けていただいた赤木さんともう仕事ができないと思うととても寂しいです
脚本家の橋田壽賀子さん(93)
赤木さんは私より一歳年上で、彼女が元気でいらっしゃる間は私も元気でいられると思っていました。50年近く前熱海に住まいを移した頃、偶然にも赤木さんが近くにお家を建てられて、それから親しく仕事をさせていただきました。赤木さんの優しい人柄に接したおかげで、彼女の役を深く掘り下げて書くことができました。優しさと厳しさを同時に表現できる稀有な女優さんです。もうこんな俳優さんは出てこないと思います。とても残念です。謹んでご冥福をお祈り申し上げます

(橋田壽賀子さんは、大変なショックを受け葬儀を欠席。
弔辞は石井ふく子さんが代読しています。)

泉ピン子さん(71)
『おんな太閤記』から『渡る世間は鬼ばかり』まですべてご一緒でした。最近はお姿を見かけることが少なくなり、どうされているかと心配しておりました。今までのドラマの再放送を見て、元気な赤木ママの姿と当時のことを思い起こしています。作品が思い出です。心からお悔やみを申し上げます


引用:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181204-00000031-tospoweb-ent

角野卓造さん(70)
本当の母親のような存在でした。テレビはもちろん、舞台の時には、いつも赤木ママの楽屋でご飯を食べさせてもらったり、優しく気にかけてくださいました。出来の悪い息子で申し訳ありませんでした。心よりご冥福をお祈りいたします


引用:http://www.livedoor.com/?utm_source=news&utm_medium=rd

えなりかずきさんは、号泣してしまい、
大和田獏さんがフォローに回るほどだったようです。

『渡る世間は鬼ばかり(渡鬼)』メンバーは
撮影期間が長かったため、本当の家族のような
温かさと結束があったのでしょう。

赤木春恵さんは、その中でも年長者ですし、
共演者やプロデューサーや脚本家からも
『ママ』と呼ばれ、ファミリーの大黒柱だったようですね。

温かい人柄が偲ばれるエピソードとしては、
『渡鬼』の強烈な姑役が定着してしまい
娘さんの結婚に影響が出るのを嫌って
続編を躊躇したという話もありますね。

はまり役でしたが、一方でリアルな私生活でも
良き母親であったことが想像できます。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

最後までお読みいただき有難うございます。

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