桂由美の経歴と旦那の職業が凄かった! ターバンは黒柳徹子が関係してるってホント?

今夜の爆報!THEフライデーに、桂由美さんがご出演されます。年齢は驚きの85歳。

ブライダルデザイナーとして有名な桂由美さんの経歴、旦那や子供を調べてみると驚きの事実が。

トレードマークのターバンにも意外なエピソードがありました。

37回目のお見合い?の真実にも迫ってみました。

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桂由美の経歴と旦那の職業が凄かった!

桂由美さんは、長きにわたりブライダル業界をけん引してきた有名なデザイナーさん。

私もウエディングドレス、着ました。w

ウエディングドレスのデザイナーとしては、誰もが知る有名な方ですが、

実は経歴って、知らない方多いんじゃないでしょうか。

私も、全く知りませんでした。

どうやってブライダル業界でデザイナーになることを決めたのでしょうか。

まずは、プロフィールから。

【桂 由美】(かつら・ゆみ)
生年月日 1932年4月24日(85歳
出身   東京府(現・東京都)
学歴 共立女子大学
職業 ファッションデザイナー
     実業家
株式会社ユミカツラインターナショナル社長
株式会社桂由美ウエディングシステム社長
一般社団法人全日本ブライダル協会会長
全米ブライダルコンサルタント協会名誉会員
アジアブライダル協会連合会会長
NPO法人地域活性化支援センター理事
アジア・クチュール協会創立メンバー
配偶者 結城義人(1972年 – 1990年、死別)

大学卒業後、桂由美さんはフランスに留学されています。

戦前生まれで、女性で、大学卒業して、さらに留学までされているなんて、

よほどのお嬢様であったに違いないと思い、ご実家を調べてみましたが、

お母様が洋裁学校を経営されていたようです。

女性の花嫁修業として、裁縫は最もメジャーな嫁入り道具。

手に職を持ちたいと考えても、職業にしやすかった、働きやすかったでしょうから、

洋裁学校は、とても繁盛していたのではないでしょうか。

桂由美さんは、この家の長女だったようで、

お母様は後継者にしたかったようですが、桂由美さんは

「洋裁が苦手なので全くその気はなかった」

とおっしゃっています。

代わりに、桂由美さんが夢中になっていたものは、なんと演劇

おそらく演者として活動、下積み生活を送っていたと思われますが、

才能の限界を感じ、共立女子大学へ進学。

そこで何を学んだのかは分かりませんが、洋裁のコースもあったのでしょうか。

もしくは、他にやりたいことがなっかたのか、、

桂由美さんは、母親と同じくファッションの道に進もうと決心されます。

留学が、いまほどメジャーでなかった時代に、本物にふれたいと、

フランス・パリに留学し、そこでウェディングドレスに身を包んだ花嫁の姿に魅了され

ブライダルに特化したデザイナーになることを決意されます。

小さいころから、おとぎ話や絵本が好きで、

戦時中でも白馬の王子様や美しいお城が現れる世界が頭の中を占めていたという由美少女。

女性がキラキラ輝くお姫様に対する憧れは、大人になってからも変わらなかったのでしょうね。

1964年よりブライダルファッションデザイナーとして活動開始。

32歳のときでした。

帰国後、日本で初のブライダル専門店を開き、実業家として、デザイナーとして、

忙しい日々を駆け抜けます。

いまでは、結婚式と言えば、ウエディングドレスが主流ですが、

当時の日本は和装が主流。

自分の推し進めるウエディングドレスを広めるため、

素敵なドレスを多くの人に知って着てもらいたい、その熱意で

20代30代をただひたすら仕事に没頭していたようです。

ご結婚は、1972年桂由美さん42歳の時。

40代で仕事も軌道に乗り、残りの人生を共に過ごせるパートナーが欲しくなったそうです。

お相手は、結城義人といい、大蔵官僚の超エリートでした。

桂由美さんは42歳、3回目のお見合い。

結城義人さんは53歳。36回目のお見合いだったようです。

結城さんには、同居の高齢の母親がいたらしく、この母親と同居することが絶対条件。

一方、桂由美さんは、仕事が大好きだったので、

専業主婦を求めない人

仕事に口出ししない人

違うジャンルの人で尊敬できる人

が絶対条件だったといいます。

桂由美さんは、お姑さんと同居するのは意外にもすんなり受け入れられたといい、

出会いから3ヵ月後の浜離宮でのデートの時に

結城さんからの

「20年前に会いたかった」

とプロポーズされたようです。

いまでは、40代で初婚という人も珍しくありませんが、

時代を考えれば、超晩婚カップルの先駆けですね。

披露宴では、結城義人さんは

「売れ残り同士、仲よくやります」

と挨拶したようです。

二人の間に子供はなく、仲睦まじい夫婦だったようですが、

残念ながら結城義人さんは71歳でお亡くなりになっています。

死因は糖尿病だったといいます。

非常に優秀な人だったようで、大蔵省造幣局長まで勤め、

なんと60歳を過ぎてから司法試験に合格し、晩年は弁護士としてご活躍されていたようです。

詳しくは→歴史が眠る多磨霊園

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ターバンは黒柳徹子が関係してるってホント?

桂由美さんのトレードマークとして、大きなサングラスと

髪に巻いたターバンが挙げられます。

これは、お忙しい桂由美さんが、身支度に時間をかけたくない(かけられない)ため

考えたファッションであり、

「少々髪の毛が伸びても、ターバンの中に入れ込んでしまえば分からないでしょ?」

と話されています。

実用的な理由もありますが、トレードマーク、

つまりご自身のブランディングとしての意味合いも兼ね備えているようです。

ある日、黒柳徹子さんのたまねぎヘアを見て、閃いたそうです。

黒柳徹子さんの玉ねぎヘアも大変個性的ですが、中に飴玉が入っている特別な髪形。

桂由美さんのターバンの中にも、何か特別なものが入っていたりするかもしれませんね。w

ご自身がウエディングドレスを作る時に心がけているものは、

花嫁が一番きれいに見えるドレスであることだそうです。

体型などのコンプレックスは隠すのではなく、出して、

デザインなどの目の錯覚で、解消しているといいます。

今夜の爆報!THEフライデーでは、ご自身の幼少時の体型についてのコンプレックス

についてもお話されるようですので、とっても気になります。

どんなアドバイスをいただけるか注目です!

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